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2008-03-01:初稿 2008-03-28:更新

アントニオ古賀氏への弟子入り

 「古賀政男先生との出会い」があり、古賀政男先生から「ギターもやりなさい。」と、アントニオ古賀さんを紹介していただいたのですが、「おれは弟子はとらないから。」とあっさり断られてしまいました。そして銀座7丁目にあった古賀プロダクションに行くようにと言われたのでした。
 古賀プロダクションに通うようになり、そこでお茶くみや事務所の手伝いをしながら、なんとかアントニオ古賀さんに近づきたいと、機会をうかがっていました。

 当時、新宿歌舞伎町の「ミュージックサロン ラ・セーヌ」は、アイ・ジョージさん、和田弘とマヒナスターズさん、ボニージャックスさんなど一流の歌手の方が出演している店でした。アントニオ古賀さんも週に2〜3回は出演していて、私もなんとかそのステージを見たいと思ったのですが、値段が高くてとても正面からは入れないため、楽屋口から入ってコッソリ見たりしていました。
 
 数ヶ月たって、小雨の降る日でした。その日も弟子入りのお願いでアントニオ古賀さんの玄関先に立ってました。そんな私に「お前の根性には負けた。」と言い、家の中に入れてくれて、やっと内弟子にしていただくことができました。

 師匠の家に住み込みになってからは、早朝から夜遅くまで室内からトイレ、庭の掃除、片付け、師匠の身の回りのお世話、子守り、車洗いなど忙しく働きました。でも、食事をいただけるのはお昼に一回だけでいつもおなかが空いていました。あまりにお腹がすいて、電話ボックスにおつりが残っているのを見つけるとそのお金でコッペパンを買って食べたりしたこともありました。 
 寝る時間もわずかでいつも腹ペコという、十代の自分にとって厳しい毎日でしたが、師匠の素晴らしい芸を必ず覚えようという気持ちだけは旺盛でした。

 「芸は見て盗んで覚えろ」というのが師匠の教えで、直接教えていただくことはありませんでした。師匠のステージや練習の場で、師匠がギターを弾く指の動きを、前から、横から、後ろからと、ひたすら見つめて見つめて、時には盗み見して。そして、夜中に師匠が2階で寝静まった頃、押し入れに入りギターのネックに手拭いを巻いて音が出ないようにして、そ〜っと、しかも必死に練習しました。コトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコトコト・・・・・・・

 『師匠の芸を何とか自分のものにしたい』という強い一念で、歯をくいしばって頑張った日々でした。

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