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2008-03-01:初稿 2008-03-28:更新

古賀政男先生にスカウトされる

 家計を助けるため、昼間は会社勤めをしながら夜の街で流しをしていた頃のことです。力試しをしたくていくつかのテレビの歌番組に挑戦していました。
 「歌まね読本」という番組に出場して勝ち抜きチャンピオンになり、当時審査委員長をしていた古賀政男先生に「うちへいらっしゃい。」とスカウトされ、レッスンを受けることになります。17歳の頃のことでした。古賀政男先生にスカウトされたんですね。胸がワクワクしたことを今でも覚えています。
 それまで勤めていた会社を辞めて歌手になると宣言する私に、兄弟たちからは「夢を見てる場合か。」と諌められ、強く反対され、特に父親からは「河原乞食になるのか。」と猛烈に反対されました。でも誰に何といわれようと決心は変わりませんでした。この頃から頑固だったんですね。

 古賀政男先生から「私の弟子のところへ行ってギターもやりなさい。」と言われ、アントニオ古賀さんを紹介されました。私はずっとアイ・ジョージさんの弟子になりたいと思っていたのですが、古賀政男先生の言葉に従ってアントニオ古賀さんの元を訪ねました。しかし「おれは弟子はとらないから。」とあっさり断られ、そして銀座7丁目にあった古賀プロダクションに行くようにと言われたのでした。

 銀座七丁目の古賀プロダクションへ通うよりになり、掃除やお茶くみなど事務所の手伝いをしながら、アントニオ古賀さんにアタックする機会をずっとうかがっていました。アントニオ古賀さんのスケジュールを知ることができましたので、出演場所に押しかけては進んで重い楽譜カバンや楽器、衣装運びの手伝いをしたり、自宅へも何度も弟子入りのお願いに行きました。時には生活のために夜の街で流しをしたりと厳しい毎日でしたが、決してあきらめたりはしませんでした。

 やっとアントニオ古賀さんに弟子入りを許され、住み込み修行をするようになってからも、堀の内の家から週に一度、バスと電車を乗り継いで古賀政男先生のご自宅へ歌のレッスンに通わせていただきました。
 古賀政男先生の邸宅は驚くほど大きくて、門から続く長〜い石畳を歩いてレッスン室のある邸宅へと歩いて行きます。その途中、庭の散策をしたり、麦わら帽子をかぶって手入れをしたりする古賀政男先生をお見かけすることもあって「先生、おはようございま〜す。」大きな声で挨拶をしたものです。
 古賀政男先生は、いつもやさしい口調で「こうするともっと良くなりますよ。」「佐藤君、頑張りなさいね。」と声を掛けてくださいました。また「こぶし百回」と言われ、何回も練習したものです。

 お客様から「名前の”ルナ”って、どういう意味ですか?」と、よく聞かれます。
 田無駅の周辺でギターを抱え流しをしていた頃のこと、「お客さん一曲どうですか?」と声をかけ、歌ってお金をいただくのですが、時にはつらいこともありました。そんな時、空を見上げるとお月さまはいつもやさしかった。
 芸名について、古賀政男先生に「ルナとつけたいのですが、どうでしょうか。」と、お尋ねしたところ、「世界にスターは星の数ほどいるけれども、月はたった一つだけ。芸を一生懸命みがいてやさしく人の心を照らす歌手になりなさい。」とおっしゃって下さいました。以来、古賀政男先生につけていただいた名前と感謝し、ルナの名前を大切にしています。

 偉大な古賀政男先生に教えをいただき、師匠と呼べることに誇りを持っています。そして今でも「歌うこと」「ギターを弾くこと」「前進すること」への、勇気を与え続けてくださる古賀政男先生に感謝しています。

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