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2009-03-21:初稿

わんぱく少年 遊び5 感謝

3月21日(土)
 私がまだハイハイをしている頃のこと、小さな虫を捕まえてマッチ箱に入れ、動かしてあそんでいたと聞いています。この頃から遊びを工夫するのが得意だったのかもしれません。
 これも母から聞いた話ですが、家族が留守のあいだに手の届くところにあった干し柿や干し芋をたくさん食べ過ぎて、胃腸障害を起したのでしょうか、ひどい下痢と高熱で、医者からはもう助からないとサジを投げられたそうです。父ちゃんは熱を冷ますのに効き目があると聞き、田んぼからタニシを取ってきて煎じてその汁を飲ませ、それが効いたのか命がつながったということでした。親の深い愛情に感謝しています。
 その影響でしょうか、今でも僕の胃腸はとてもデリケートです。

○タニシの効能  
 炎症を押さえ利尿する。熱によって尿の出が悪い時、黄疸、口渇、目の充血、血便、腫れ物などに用いて効果的。(貝の雑学より)


 私は物心つく頃には腰に石膏のギプスをつけ、その上から包帯を巻かれ、いつも両足を投げ出して座り、自由に動けない状態でいるようになっていました。兄は学校から帰ってくると、歩いて1時間くらいのところにある骨接ぎ治療院に、毎日おぶって連れて行ってくれました。この治療は、足が動くように曲げたり引っ張ったりするのですが、それはとてつもなく痛くて痛くて・・・・・・・いつも泣き叫んでいたことを今でも覚えています。医者からは「一生歩くことはできないだろう。」と言われていて、家族の悲しみはどんなにか大きかったことかと思います。

 父母や兄、姉が仕事や学校にそれぞれ出かけたあと、一人歩くことも動くこともできずに座っているだけの私のところへ、同じ年頃の近所の子供たちが遊びに来てくれました。でも、私はみんなの元気に動き回る姿を見ているだけでした。
 「みんなと遊びたい、みんなと一緒に走りたい。」という強い強い思いで、必死に動こうとしたのだろうか。幼いながら人一倍負けん気の強さを持っていたのかな?? 痛みを我慢して少しずつ動けるようになり、そのうち自分でぐるぐるに巻かれた包帯を取り、ギプスをはずして歩けるようになっていました。そしていつの間にか遊び仲間の先頭になっていたずらをするようになっていました。
 驚くべきことですが、これは本当の話です。

 一時は死にそうになったり、「一生歩くことは出来ないだろう。」と医者から言われていた私が、村一番の悪戯をするがったっ小僧(手のつけられない悪戯小僧)と呼ばれようになったのです。私にとっては最高に楽しい毎日でした。
 家族や親戚のみんなにはもちろん、ありのままの私を受け入れてくれた仲間たち、困り果てながらも温かく見守ってくれた下西条の人達、そして四季折々の恵みと豊かな自然に、心から感謝しています。

 いたずらは私の仕事でした。あっちこっちで悪戯をして怒られ、追いかけられました。かあちゃんは、私がどんなにいたずらをしても叩いたりしておこることはありませんでした。近所をまわり、ひたすら頭を下げて謝るかあちゃんのうしろにかくれるようにしながら、かあちゃんのモンペやエプロンの裾をしっかりと握っていたこと、「ツギ、悪さばかりしてだめだね。」と諭すように言った母の言葉などが思い出されます。

 −続く−

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