ホーム > ルナ・ケンゾー紹介 > 若い日の思い出 >
2008-03-01:初稿 2008-04-09:更新

新宿でナンバーワンの弾き語りに!

 独立してからは、まず、小野満とスィングビーバーズと一緒に「スクリーンミュージックをあなたに」という音協の仕事で全国を回りました。小野満さんはメンバーにはとても厳しかったことを覚えています。

 新宿のクラブを中心に店のマネージャーに直接会って弾き語りで歌わせてもらえないかと頼んだりして、一人で生き抜くために必死になって仕事を探しました。当時のクラブは有線放送が流れホステス中心で、生演奏や弾き語りはまだほとんどいなかった頃のことです。
 私はラテン、ポピュラーも歌えたし、当時からレパートリーが多く、「芸は見て盗め。」といわれ師匠の芸を必死に見て覚えた修行時代が幸いにも役に立ちました。仕事も少しずつ増えて、そのうち「新宿でナンバーワンの弾き語りになろう!」と心に決め、一晩に小さなお店をいくつも掛け持ちで仕事をしました。そして数年後には新宿でもトップクラスの店で歌わせてもらえるようになりました。

 小さなお店で歌っていたときのこと、店に客として来ていたマネージャーから「うちの店で弾き語りをしてみないか。」と誘われました。それが「金鉄砂」(コンテッサ)という店との出会いでした。

 当時、友人の”エディ北川”が銀座で弾き語りをはじめるということで彼を訪ねた時のこと、銀座七丁目の店でやっていたミニクラブを見て、これを新宿でも取り入れたらどうかと考えていたこともあって、歌舞伎町二番館ビルB1に「金鉄砂」(コンテッサ)を新規開店するにあたり開店のプロデュースをまかせてもらえないかと申し出ました。

 まず、若い女の子7〜8人を揃え、当時はまだ珍しかったミニスカートをはかせて接待するのです。そして、私の歌と演奏に合わせてマラカス、タンバリン、ボンゴなどリズム楽器で盛り上げます。これが大当りして開店とともに客が客を呼び私の計画は大成功でした。同業者がひっきりなしに見に来るようになり、「うちの店でも弾き語りをしてもらいたい。」とあちこちのクラブから引っ張りだこになりました。

 「新宿のルナを知らない者はいない」とまで言わせるほどの人気で、新宿で「弾き語りの神様」と呼ばれたのは、この頃です。

 この後、ラテン、カンツォーネ、シャンソン、ポピュラーなど幅広いレパートリーを武器に、自分の弾き語りとギターソロでホテルでの仕事をしたいと思うようになり、ホテルオークラ、ホテルニューオータニ、ヒルトン、各地のプリンスホテル、シェラトン・・・・・等々、念願かなって各地の一流のホテルで仕事をさせて頂くようになりました。
 

タイトル  
お名前  
email  
ご感想  
ご確認  上記内容で送信する(要チェック

 


ホーム > ルナ・ケンゾー紹介 > 若い日の思い出 > 新宿でナンバーワンの弾き語りに!