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2008-03-01:初稿 2008-03-28:更新

生まれふるさと 塩尻市下西条

 3歳 下西条自宅前
 長野県塩尻市生まれ。幼い頃を軽井沢町の隣、御代田町で過ごす。
 父親は建具職人でした。現在の天皇皇后両陛下がかつてテニスをなさったことで知られている軽井沢のテニスコートの近くで菓子屋を営んでいたこともありました。
 家族で塩尻に転居してからも御代田町には親戚の皆さんや従兄弟たち、町の人たちがいつでも温かく迎えてくれます。浅間山を見るとホッとして「ただいま、大好きな場所へ帰ってきたな。」と、安心して戻ることのできる、大切なふるさとです。

 家族で塩尻市の下西条に住むようになり、春になると里を埋めるように次々に花が咲き、そして、初夏から秋には桃、ぶどう、梨、柿、プルーン、りんご・・・果樹が山すそを駆け上るようにいっぱいに花咲き実る、美しく豊かな土地に育ちました。

 幼い頃、私は腰から下を石膏で固定され、ひとりでは自由に動くことのできない状態が続いていました。そんな私のところへ、近所の子供たちは、毎日遊びに来てくれました。みんなと一緒に遊びたい、みんなと同じように走り回りたい、という強い思いが、次第に私を歩けるようにしてくれていました。
 ギプスをはずし痛みをこらえて動き出し、いつしか痛みを忘れみんなと一緒に遊べることがうれしくてうれしくて、そのうち驚くことに仲間の一番先頭を走るようになっていました。それからは毎日が楽しいことばかり。仲間と一緒に庭や畑を自由自在に走り回り、グミやスグリ、木いちご摘みにはじまり、近所の農園の桃や梨、リンゴなどを遠慮なくいただいて食べたりしてよく叱られたものでした。
 私は学校のとびっくら(かけっこ)ではいつもビリでしたが、いたずらをして大人に追い掛けられ、一目散に逃げる時の逃げ足はそれは速かったですよ。

 身の廻りにあるものはなんでも遊びにしてしまう、遊びの天才でもありました。冬になると山のふもとの傾斜がちょうど良いスキー場になって、遊びなかまで集まっては山から木を切ってソリを作って、朝から晩まで遊びました。充分な防寒具もない頃でしたから相当な寒さだったと思いますが、寒さなんか少しも感じませんでした。
 木登りや屋根に登るのも得意で屋根の高さほどもある竹馬にも平気で乗って遊びました。また、屋根の瓦をはずしてスズメのひなを取り、餌をあげて育てたり。でも、穴をそのまま放っておくものですから雨漏りするようになり「コラーッ、またやったな!」と、真っ暗い蔵に放り込まれたりして・・・数えきれないくらいのいたずらをしました。
 塩尻の田舎ではこういう腕白坊主のことを「がったっ小僧」と呼びます。

 建具職人の父親は無類の音楽好きで、仕事のかたわら趣味でバイオリンやギターを作って楽しんでいたという話を聞いて「やっぱり俺はおやじの子どもなんだな。」と、そのうしろ姿をなつかしく思い出しています。また母親は、将来を案じた息子がいつの間にか近所でも評判の腕白坊主になり、私の手をひいてはご近所に謝って歩く毎日で大変だったと思います。でも、いつでもどこまでもやさしい母でした。

ふるさとの自然 (写真提供・塩尻市 梅花皮 謙氏 かいらぎ けん

    
 3月:ふきのとう    4月:かたくり     8月:たむら草     10月:マツタケ    山裾を走る一両電車

 四季折々の厳しくも豊かな自然と下西条の人々の温かい心、そして一緒に遊んだ元気な仲間たち、ありがとう。感謝。

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